上下水道施設の耐震・補強設計専門
「レベル2地震動は方法1〜3を比較し、適切な選択・設定を行うこと」—— 近年の耐震診断業務の特記仕様書で標準的に見かける文言です。 この一文が、解析手法・工数・費用のすべてを左右します。 本ページでは、方法1〜4の使い分けから、公開波形の取得、速度→加速度変換、 加速度応答スペクトルの算定、下限地震動との比較、採用波の決定までを、 実際に手を動かす順序で整理します。
指針は、レベル2地震動の設定方法を4つに区分しています。重要なのは、 どの方法を選ぶかによって「得られるもの」が違うことです。 動的解析を行うには時刻歴波形が必要ですが、方法によっては時刻歴が出ません。
| 設定方法 | 設定方針 | 動的解析に用いる設計地震動 | 静的非線形解析(プッシュオーバー等) |
|---|---|---|---|
| 方法1 | 震源断層を想定した地震動評価を行い、当該地点での地震動を使用 | 評価結果の地表面または工学的基盤面の加速度時刻歴波形もしくは応答スペクトル | 評価結果の応答スペクトル |
| 方法2 | 地域防災計画等の想定地震動を使用 | 想定地震動の地表面または工学的基盤面の加速度時刻歴波形 | 想定地震動の応答スペクトル |
| 方法3 | 同様な地盤条件の地表面で得られた震度6強〜7の観測記録を使用 | 地震記録の加速度時刻歴波形 | 地震記録の応答スペクトル |
| 方法4 | 兵庫県南部地震の観測記録を基に設定した設計地震動・設計応答スペクトル | 適用対象外 | 指針が示す設計応答スペクトル等 |
ボーリング完了 → 地盤モデル → L2設定 → 解析手法確定 → 解析| 観点 | 方法1 断層モデルによる強震動評価 |
方法2 地域防災計画等の想定地震動 |
方法3 同種地盤の強震観測記録 |
|---|---|---|---|
| 得られる成果 | 時刻歴波形(動的非線形にそのまま使える) | 時刻歴波形(公開されていれば取得可) | 時刻歴波形(記録そのもの) |
| 必要データ | 断層パラメータ、深部地盤構造、浅部地盤(ボーリング) | 防災アセスメント調査等のメッシュ波形。自治体照会が必要な場合あり | 対象地と類似の地盤条件で得られた震度6強〜7の記録 |
| 工数・費用 | 最大。破壊開始点・アスペリティ配置で結果が振れるため3〜5ケース必要。専門解析の外注が必要な場合あり | 中〜小。公開波形が使えれば大幅に圧縮できる | 小 |
| 長所 | 断層近傍の指向性パルスを表現できる。重要度A1施設として説明力が最も高い | 発注者の防災計画と完全に整合=説明が通りやすい | 実記録であり作為が入らない |
| 短所 | 費用・工数が最大。断層モデルの不確実性が大きい | メッシュが粗い。深部地盤モデルが調査時点のもの | 対象地の地盤・震源特性と厳密には一致しない |
| 当社での標準的な位置づけ | 断層近傍かつ重要度A1のとき主 | 公開波形が入手できる地域では主 | クロスチェック |
方法2で用いる想定地震動の波形は、防災科研 J-SHIS「震源断層を特定した地震動予測地図」から 対象メッシュの波形を取得できるケースがあります。実務では次の順で進めます。
公開波形をダウンロードしても、そのまま応答解析に入力できることはまずありません。 単位、物理量、サンプリング、ヘッダ形式のいずれかが必ず噛み合いません。 実務で必要になる処理は次のとおりです。
| 処理 | 内容 | 実務上の注意 |
|---|---|---|
| ① スケールファクタの適用 | 配布ファイルは整数値+ヘッダの Scale Factor(例 14.492393(cm/s)/8388608)で格納される。乗数に換算して物理量に戻す。 |
ヘッダ行数(K-NET系で17行等)を正確にスキップする。1行ずれると全体が壊れる。 |
| ② 物理量の変換(速度→加速度) | 工学的基盤の速度時刻歴で配布されることが多い。応答スペクトル計算は加速度を前提とするため、1回微分が必要。 2のべき乗長へゼロ詰め → FFT → ×iω → 逆FFT(フーリエ級数法) |
ここを飛ばすと結果が桁で狂う。「速度なのか加速度なのか」をヘッダで必ず確認する。 |
| ③ 基線補正 | 平均値0/1次/2次のいずれか、または「なし」。基線補正を掛けるとPGVがヘッダ記載値とずれるため、照合の段階では「なし」に揃えるのが実務的。 | 報告書には採用した補正方法を明記する。掛けた/掛けないで数値が変わる。 |
| ④ 積分(加速度→速度・変位) | ÷iω で積分。低周波側のドリフトを避けるため、ハイパス(既定 0.1 Hz 程度)でカットする。 | PGV・PGD を報告する場合、カットオフ周波数の記載が必須。 |
| ⑤ 時間刻み・データ点数 | Δt(例 1/120 s = 0.00833333、あるいは 0.01/0.02 s)と全点数を確定。FFT点数は データ点数以上の2のべき乗(例 12,000点 → 16,384点)。 | 構造解析側のΔt(例 1/500 s)と異なる場合、リサンプリングの要否を判断する。 |
| ⑥ 加速度応答スペクトルの算定 | Nigam & Jennings(1969)の厳密解による。周期範囲 0.02〜5 s、対数90分割(91点)、減衰定数 h=5% が実務標準。 | h が 5% 以外のときは、指針の規定どおり √(5/h) 倍で補正する(h=10% なら 0.707 倍)。 |
| ⑦ 参照スペクトルとの重ね描き | 指針の地盤種別ごとの上限・下限スペクトル、および必要に応じて道路橋示方書の標準加速度応答スペクトルと同一図上で比較。 | 地域別補正係数 cZ を掛けているか否かを図中に明記する。 |
算定した応答スペクトルは、必ず基準側のスペクトルと同一図上で比較します。 水道施設耐震工法指針では、基準水平震度 Kh02 の上限値・下限値が地盤種別ごとに与えられており、 加速度応答スペクトルは次の関係で扱えます。
Sa:加速度応答スペクトル(gal)、Kh02:レベル2地震動の基準水平震度、 g:重力加速度。指針の定義は「構造物の重心における加速度応答スペクトル値を重力加速度で除したものが Kh02」です。
参考として、Ⅱ種地盤(h=5%・地表面構造物)の上限/下限スペクトルは次の形で表せます。
| Ⅱ種地盤 | T < 0.1 s | 0.1 ≤ T < 0.2 s | 0.2 ≤ T ≤ 1.0 s | 1.0 s < T |
|---|---|---|---|---|
| 上限(gal) | 800 | 5130·T0.807 | 1400 | 1400·T−1.402 |
| 下限(gal) | 700 | 2291·T0.515 | 1000 | 1000·T−1.421 |
指針の図は横軸 0.1 s からの表示のため、T < 0.1 s は原則描画しません。 Ⅰ種・Ⅲ種についても同様の区分式が与えられています。減衰定数が5%以外の場合は √(5/h) 倍で補正します。 道路橋示方書V のレベル2標準加速度応答スペクトル(タイプI/II × Ⅰ〜Ⅲ種)を併記すると、 発注者・審査側の直感と照らし合わせやすくなります。
加速度応答スペクトルが大きい波が、必ずしも構造物にとって厳しい波とは限りません。 選定方針は照査対象の構造形式によって変える必要があります。
| 構造形式 | 支配的な地震作用 | 採用波の判定指標 |
|---|---|---|
| 地上水槽(PCタンク等) | 躯体慣性力+動水圧 | 構造物の固有周期帯における加速度応答スペクトル値 |
| 半地下・地中構造物 | 地盤変位(周面せん断力・地震時土圧) | 地表面と底版軸心の相対変位および最大せん断ひずみ(1次元地盤応答解析の出力で比較) |
半地下構造の場合、候補波それぞれについて1次元地盤応答解析を実施し、 その出力(相対変位・最大せん断ひずみ)を並べて総合的に大きい方を採用します。 液状化を考慮する場合は、非液状化時と液状化時の両方を比較します。
| ボーリング(例) | 相対変位 (cm) 直下型 | 相対変位 (cm) 下限地震動 | 最大せん断ひずみ 直下型 | 最大せん断ひずみ 下限地震動 | 採用 |
|---|---|---|---|---|---|
| 孔 A | 7.1 | 27.7 | 0.024 | 0.298 | 下限地震動 |
| 孔 B | 11.1 | 15.3 | 0.025 | 0.030 | 下限地震動 |
| 孔 C | 6.1 | 13.8 | 0.023 | 0.133 | 下限地震動 |
| 孔 D | 4.6 | 12.4 | 0.019 | 0.212 | 下限地震動 |
当社解析例(液状化時・施設名非公開)。相対変位は地表面と底版軸心の最大水平変位の差、 ひずみは全層の最大せん断ひずみ。この例では、加速度応答スペクトルだけでなく 地盤応答まで通した結果で下限地震動が支配的と確認できたため、 構造解析の入力を1波に絞り込めています。
応答スペクトルの算定は、ツールが変われば値が変わり得ます。 当社では自社の算定結果を、既往の標準的ソルバ(EQwave 等)の出力と 全周期点(91点)× 全波形で突合し、最大偏差が有効数字による丸め差 (0.06%程度)に収まることを確認したうえで採用しています。
「方法1〜3の比較表を作れる人が社内にいない」
「J-SHISから落とした波形が使える形にならない」
「応答スペクトルの根拠を審査で説明できる形にしたい」——
当社は設計地震動の設定・波形処理・応答スペクトル算定を単独工程として受託しています。
成果は、比較表・スペクトル重ね描き図・数値表(CSV)・採用理由の記述文まで、
報告書にそのまま貼れる形でお渡しします。
構造解析まで一貫して当社で行うことも、地震動設定だけをお受けすることも可能です。
方法2で使える公開波形があるかどうか、事前に調べてもらえますか。
対象施設の緯度経度をいただければ、該当メッシュで波形が公開されているか、どの想定地震が対象になるかを事前に確認してご回答します。ここが分かるだけで、方法1が必要かどうかの見通しが立ち、見積の精度が大きく変わります。
波形は持っているので、応答スペクトルの算定と図化だけお願いできますか。
可能です。波形ファイル(形式は問いません)と、必要な条件(減衰定数、周期範囲、参照スペクトルの種類、cZの扱い)をご指示いただければ、図・数値表・条件記載文をセットでお渡しします。
下限地震動は必ず設定しなければいけませんか。
方法1〜3で設定した地震動が過小にならないよう、下限値の確認は行うべきです。指針の参考資料に下限値地震動の例が示されており、これを下回る場合は下限側を採用するのが安全側の扱いになります。
複数波を入力する場合と1波の場合で、費用はどのくらい変わりますか。
地震動設定そのものの費用はほとんど変わりません。変わるのは構造解析側で、非線形時刻歴解析は波数に比例して計算時間と結果整理工数が増えます。3次元シェルモデルなら3波でおおむね3倍とお考えください。だからこそ、採用波数は着手時協議で確定しておく必要があります。
※ 本ページは技術説明を目的とした解説であり、個別案件の設計・照査を代替するものではありません。 設計地震動の設定は、施設の重要度・地域防災計画・地盤条件・発注者との協議により決定されます。